20 歳の時起業し、営業力をつけるため中3年余り建築業界に身を置きながら、以来43 年もの長きに渡って(2018年現在)、子ども達の学習指導に従事してきた私は、所謂ゆとり教育が始まった頃(1980年)から基礎学力と読解力の低下を危惧し始めました
と言いますのは、学校ではゆとり教育が始まり、基礎学力を補完する「漢ド」「計ド」なる宿題も出されなくなり、運動や学習での「競争」を避けられたためにその「目標」
が薄れ始めました
一方、学習塾でも入塾テストで選別し、学校で1週間かけて行う授業を僅か1時間で教えて定期試験で結果を出させるため、基礎・基本原理の理解に基づき、その子の学力を伸ばすコーチングではなく、学校の授業を先取りした解き方のティーチングに奔りがちになる中、TVゲームやITの普及で文字離れが始まり、学力の2極分化も顕著になってきました
結果、子ども達が自ら考え、理解し、自ら解決し、表現していく力が育たず、遂に静岡県は、2013年の全国学力調査小学6年生国語Aで全国最下位の成績を収めてしまったのです
その危惧感から1997年から、3年間に渡って岡本光司・静岡大学教育学部教授(当時、数学教育学専攻)にお願いし、保護者や学習塾講師を対象に「算数指導法講座」を開いたこともありました
私もその講座を通じて岡本先生からその「基礎・基本原理の理解」について大いに学ばせて頂きました
当スクールで使用している四谷大塚の予習シリーズや、東進が行う全国統一小学生・中学生テスト、あるいは、ジュニア数学オリンピックの問題は、単なる暗記力、知識力
だけでは答えられません
あくまで基礎・基本原理の正しい理解に基づく読解力、創造力、応用力、問題処理能力であり、それが「静岡オープンスクール」が目指す学力観です
では、その「基礎・基本の原理」ついてお話させて頂きます
これは、私が機会ある度にお話しさせて頂いておりますが、皆さんは「わり算」をどう捉えていますか?
43年間学習塾で教えてきて、殆どみんな、所謂「均等割り」と答えます。
平たく言えば、「分ける計算」と答えます
即ち、例えば、12個のリンゴを4人で分けるといくつ?と聞くと、12÷4で一人3個と答えます
わり算=分け算だから、12個分ける4人だから、答えは3個と減るんですね
そうすると、分数のわり算の時に混乱するんです
なぜって、「分ける計算」なのに、答えが増えるから、子どもたちは”心の中で”混乱してるんです
表面では殆ど「そうなんだ」って顔をしてますが。実は、そうじゃあないんです
小学校算数の教科書に「一あたりの量を求める」という文言があります(と言いながら、昔はあったんですが、今はどうでしょう?)
それが、わり算の意味です
即ち、わる数の一あたりの量を求めるのが、わり算です
だから、前段の問題は一人あたりの数を求めるから、12個÷4人で3個/人(/は分数記号です)、即ち一人あたり3個と、割られる数より減った答えになるんです
ところが、13㎡あたりに2リットルの水をまくと1㎡では?という問題は、13㎡あたり2リットルだから、1㎡ではその3倍の6リットルとなり、答え(6リットル)は、割られる数(2リットル)より増えるのです
それで、計算では、2リットル÷13㎡=2リットル×31㎡=6リットル/㎡(1㎡あたり6リットル)となり、分数のわり算は逆数をかけることになります
これが、静岡オープンスクールの目指す算数・数学の「基礎・基本原理の理解」です
さて、次は読解力とは何かです
昨今「今でしょ!」で大ブレイクした東進衛星予備校の国語講師・林修先生の指導法もそうですが、同じく東進衛星予備校の国語講師・出口汪先生が体系化した国語の読解法「論理エンジン」がその問いに明確に答えております
読解力はまず文の読解、即ち主語・述語の把握です
主語と述語があって節、即ち文が成り立ちます
その文の読み取りがその読解力の基本だと考えます
そして、次は一つの段落の中での著者が最も言いたい文、即ちキーセンテンスの把握です
特に論説文、説明文では、著者の言いたいことが変われば段落が変わります
物語文では、場面が変われば段落が変わります
ならば、一つの段落にはその段落で著者が述べたい文(物語文では、どういう場面に変わったかを示す文)が一文必ずあるはずです
それがその段落のキーセンテンスです
そのキーセンテンスを把握し、それを繋げたものがその文章(物語)の論旨(流れ)であり、その論旨(物語の流れ)の把握こそが読解力だと、静岡オープンスクールでは捉えております
従って、その論旨(物語の流れ)に従って設問に答えれば、おのずと答えが導かれます
静岡オープンスクールでの国語の授業の読解力育成の例を示しましょう
その基礎は、前述の「主語・述語の把握」です
問い 次の文の主語・述語の関係を示し、わかりやすい文に直しなさい
私は小林が中村が鈴木が死んだ現場にいたと証言したのかと思った
主語・述語の把握、即ち「死んだ」の主語は「鈴木が」で、「現場にいた」の主語は「中村が」で、「証言した」の主語は「小林が」で、「思った」の主語は「私は」ですか
ら、「主語・述語は近くに置く」の原則に照らして、鈴木が死んだ現場に中村がいたと小林が証言したのかと私は思った。
と、書き直すのが正しい文であり、分かりやすい文です(本多勝一著「日本語の作文技術」より引用)
次は、理科の「基礎・基本原理」の理解とは何かです
理科も社会と同様に「暗記科目」の側面もありますが、例えばどうして水酸化ナトリウム(NaOH)と塩化アンモニウム(NH4Cl)に水を少量加えるとアンモニア(NH3)が発生するか、そもそもどうしてナトリウム原子1個と酸素原子1個と水素原子1個が結びついて水酸化ナトリウムができるか、その「基礎・基本原理」を中学生レベル(化学式を学ぶのは中学2年生ですから)即ち、各原子モデルの持つ手の数を活用して論理的に化学反応を説明できることが理科の「基礎・基本原理」の理解だと、静岡オープンスクールでは捉えています
同様に、電流・電圧・抵抗の様々な法則を、頭から暗記するのではなく、水の流れ(電流)と滝の落差(電圧)、流れを阻む杭の数(抵抗)を活用して導き出すことが、
理科の「基礎・基本原理」の理解だと私たちは捉えています
そして、社会の「基礎・基本原理」とは何かです
社会は一般に単に「暗記科目」とみられがちですが、静岡オープンスクールでは勿論、そんな側面を否定は致しません
しかし、それより増して社会は、より「調べ科目・分析科目」と捉えております
即ち、地理では、例えばみかんの産地の地理的背景の理解、歴史では様々な「事件」の原因・経過・結果の把握、公民では制度・法律の歴史的、実務的把握であり、経済・社会分野
ではそのシステムができた背景の理解だと私達は捉えております
分かりやすく言えば、どうして愛媛県、和歌山県と静岡県は、みかんの産地なのか?
どうして十字軍の遠征が絶対王政・ルネサンスを産み、大航海時代→市民革命と繋がったのか?
その地理的背景・歴史的背景を調べ、理解すること、更には、生存権が立法化された歴史的・社会的背景の理解だと考えます
そのそれぞれの解答は、静岡オープンスクールでご説明します
即ち、物事には必ず原因があり、経過を経て結果が生じます
それを把握、理解することが社会科の基礎・基本原理だと捉え、それ故に私達は、社会はより「調べ科目・分析科目」と考えております
最後は英語ですね
小学校に英語が導入されましたので、その「基礎・基本原理」とは、小学生と中学生では、というよりは、国際化に向けての英語と所謂受験英語とは、その「基礎・基本」(言語だけに「原理」を外します)が少し違うように私達は考えますが、本音では私達は国際化に向けての英語の習得を望んでおりますので、その「基礎・基本」の話をさせて頂きます
文部科学省・国際移住機関の委託事業「虹の架け橋教室」を受託している私達(2016年から当時特定非営利活動法人日本インターネットスクール協会静事務局で受託)は、タガ
ログ語かビザヤ語が母語のフィリンの子ども達が流暢に英語を話すのを見聞きしていると、英語の「基礎・基本」は、日本語と英語のバイリンガルになるための「基礎・基本」で、「聞き取れ、話せる英語力」の「基礎・基本」、即ち、語彙と発音に構文力だと考えます
それは外国人が日本語を学ぶ時、日本語文法からではなく場面のフレーズで学ぶ基本と同じだと捉えます
日本語を母語としない子ども達が日本語を学ぶ時のように、すべて英語で聞き、英語で話す時に要求される「語彙と発音と構文力」が、これから国際社会に生きる子ども達の英語の「基礎・基本」と思います
2018.11.30(2020.7.修正) 有限会社静岡オープンスクール代表取締役 山下泰孝